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ボン・ジュノ監督が語る『母なる証明』のラストシーンに込められた思いと撮影秘話

映画『パラサイト 半地下の家族』でアカデミー賞で監督賞を受賞したボン・ジュノ監督。

映画作りのディテール(detail)にこだわることに有名で、韓国ではボン・テール(ボン+ディテール)というあだ名までついています。

そんなボン・ジュノ監督のディテールはすべての作品によく現れていますが、中でも名作だと言われているのが『母なる証明』。

殺人の濡れ衣を着せられた息子と、その息子を守ろうとするストーリーでストーリー、演出、撮り方のすべてが絶賛されている作品です。

日本の映画マニアの中にも『母なる証明』が好きな方は多いはずだと思います。

今回はボン監督が語った映画『母なる証明』のあの有名なラストシーンの撮影秘話と執着とも言えそうな監督の思いを紹介します。

 

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ボン・ジュノが語る『母なる証明』ラストシーンの撮影裏話

子供の頃から始まったラストシーンへの構想

「すべての執着はラストシーンから始まりました。」

「1ページのシノプシス(※映画制作前にのあらすじをまとめたもの)にはすでにラストシーンがありました。」

「逆説的に子供が親孝行で旅行をさせて、母だけではなくグループの母が登場して、狂ったように高速バスの中で踊りながら映画が終わる。」

「そのシーンを絶対撮りたかったし。」

「2時間の映画が、そのシーンに向かって走っていくイメージ。そのシーンを撮るための言い訳みたいなものになっています。」

「子供の頃、初めて見たんです。走る高速バスの中で韓国のお母さんたちが踊って、バスが揺れ動くことを、実際に高速道路で見て、子どもながら驚きました。」

(※今ではほとんどなくなった文化ですが、韓国の田舎では団体旅行に行くと、移動中の高速バスで爆音をかけて踊っていました。90年代までは普通でした。)

「おばちゃんたちがなぜあそこまで踊るのか。その感情を理解するまで、私はすごく長い時間がかかりました。」

「なぜ走るバスの中で、もがくように踊るのか。この映画は、子供の頃に抱いていた漠然とした疑問に対する答えだと思いました。」

ドキュメンタリーのようだったラストシーン

「感情に充実したシーンに見えますが、実際にはそうするためのテクニックがたくさん用いられた、しつこいくらい準備をしたシーンです。」

「太陽の光がバスを水平に貫通してほしかったです。これがそんなに撮りやすいものではないんです。」

「南北方向の道路を探さないといけません。南北方向にならなきゃ、90度で太陽の光が貫通しないし。撮れるチャンスは1日に2回しかありません。朝の30分と夕方の30分」

「季節ごとに太陽の角度も変わりますからね。」

「仁川空港の周りの道路を見つけました。滑走路があるから何もないじゃないですか。建物も人もないし、空港の近くになるしかなかった。」

「空港近くで道路を見つけて、ここと太陽の光が90度になるのはいつですか?って。ホン・ギョンピョ撮影監督が、1月7日だと言ったんです。」

「だからあのシーンは、その日、その瞬間のドキュメンタリーの側面があります。」

「おばちゃんたちの動きと太陽とまたカメラも走っていたんです。」

「どこから光が入ってくるのか、遮断されてしまうのか、分からないんです。リハーサルで分かるものでもないし。」

「数カ月間、全体の映画の中でもっとも長く準備してきて。大学生の時からこのイメージが頭の中にあって。撮影監督とスタッフと準備したのも数か月です。」

「そうやって準備して撮ったけど、中に入った時は偶然のかたまりなんです。」

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まとめ

さすがボン・テールという感じの『母なる証明』のラストシーン!

撮りたいシーンに徹底的にこだわるボン監督の執着が、数々の名作を生んだのでしょうね。

画像/引用:韓国映画アカデミー公式YouTubeチャンネル

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